矢作直樹が語る 天皇陛下の強いお気持ちに接して②

2019年8月6日

矢作直樹が語るシリーズ、第4回目です。★★★

古事記の国譲りの話をさせていただきます。

古事記の国譲りに、高天原におわす高皇産霊神(タカミムスビノカミ)と天照大御神の命を受けた使者の武御雷(タケミカヅチ)の神が、須佐之男命の子孫であり地上の支配者である大国主命に向かって言いました。

「汝のウシワケる葦原の中つ国は我が御子のシラスところの国です。」

これを受けて、大国主命が子供たちの意見を聞いて国を皇孫に譲ることにし、その後天孫降臨がなされました。

つまり、天皇は自らの祭事を執り行い…これが権威ですね、直接政治…これが権力ですが、直接政治には携わられないという天皇統治の原型がここにあります。

歴史を振り返ってみると、平安時代の350年と江戸時代の260年間の長い平和の時代でした。

この時代の特徴として、権威と権力が分離されていました。

権力を、平安時代は公家の摂関政治が、江戸時代は武家の幕府政治が担いました。

一方、権威は、天皇が実質的に象徴天皇としておわしました。

そして思想的には、平安時代は神仏習合、江戸時代は神仏儒の習合で、そこから生活基盤としての武士道も体系化されました。

世界はいまだ力で統治する、つまりウシワケる世界です。

世界の人々の意識が進んでいけばやがて、この我が国のようにシラス国のあり方が、人々の本当に幸せなあり方であるものとなるものと思われます。

人類における日本の役割は大変重要です。

天皇皇后両陛下のご活動について、述べさせていただきます。

天皇陛下はどのようなことをなさっていらっしゃるか。

天皇陛下は祈る人です。

神をお祀りする日本の最高の神主さんです。

今上陛下は日本国と日本国民統合の象徴としての天皇の在り方を誠実に考えてこられました。

天皇陛下のなさるお仕事は、国事行為、公的行為、その他の行為、の三つに分けられます。

そして、国民の幸福を祈願される皇室祭祀やゲンコウ豊穣はその他の行為に位置付けられます。

宮内庁のホームページの“天皇皇后のご活動”をもとにその一部を述べさせていただき、謹んで私見を述べさせていただきます。

  1. 国事行為などのご公務
  2. 行幸啓(国内のお出まし)
  3. 外国の訪問
  4. 伝統文化の継承
  5. 宮中祭祀
  6. 御所でのご生活

ここで、大切な順から述べさせていただきます。

宮中祭祀ですが、天皇皇后両陛下は皇太子同妃両殿下の時代から、宮中三殿における宮中祭祀を大切にしてこられました。

古くから伝えられる祭祀を忠実に受け継がれ、常に国民の幸せと繁栄を祈っていらっしゃいます。

先に述べましたように実はこの宮中祭祀こそが古来より代々天皇陛下がなされてこられた行事のなかでも最も大切なものです。

両陛下の一年は元旦早朝から執り行われる四方拝に始まります。

神嘉殿南庭で伊勢の神宮、山陵および四方の神々をご遙拝になられます。

その後、宮中三殿に移られて、年始を祝われる歳旦祭が行われます。

その後、一年を通じて様々な祭祀が執り行われます。

これらの祭祀は、天皇陛下自らが祭主となられ御告文を読み上げられる大祭と、掌典長らが祭主を行い天皇陛下が礼拝される小祭があります。

本当に、祈る天皇は素晴らしいことです。

ところが、敗戦後、GHQは国家神道、神社神道に対する政府の保障、支援、保全、監督並びに交付の廃止に関する件…いわゆる神道指令ですね、によりこのような国と国民の平和と幸福をご祈念されて行われている宮中祭祀が皇室の私的な行事とされるようになってしまいました。

ちょっとご説明をしますと、宮中三殿というのは皇居内の吹上御所の南東にありまして、南にある神楽舎から見てですね、中央にある賢所、これはまぁ高祖・天照大御神を祭っています。

そして、向かって左にある皇霊殿、これは歴代天皇と全皇族の御霊を祭っています。

そして、あと神殿ですね。

これは、八百万神々を祭っておられます。

天皇陛下の一年の祭祀は、この元旦の四方拝で始まりますが、陛下はですね「国に起きる災いはまず私の体を通してください」と祈られていらっしゃるそうです。

事実上、米国を動かしたことで緊急勅令以上の効力を発揮されたこの度のビデオを通じたメッセージ、いわゆる玉音放送といわれていますが、これを拝しまことに恐れ多いことですが、天皇??の回復なきまま、このような最悪を一心にお引き受けいただくことは、国民として誠にもってかたじけなく思う次第であります。

我が国は国民の代表による政府が機能不全をきたし、国家存亡のかかわった危急の時に純粋無視に国民のことを大御宝として第一に思われる天皇陛下の超然的なお力により救われました。

天皇陛下にご挨拶させていただくときに感動させられるのは、天皇陛下が、大勢並んでいる医療職を単に順番にご挨拶されるのではなく、それこそ一人一人がまるでご自分のご家族のように、一員であるかのように真剣に心を込めて挨拶されることです。

私は、病み上がり後でお辛いでしょうから、本当だったら自分がそこにいて、陛下の時間と労力をいただいていることに誠に申し訳ない思いでありました。

そういったとき私は、天皇陛下が国民を大御宝とお読みになられることの意味を肌で実感させられました。

天皇皇后両陛下は、大変つつましいご生活をなされていることを少し述べさせていただきます。

戦後、皇室財産は純然たる私有財産以外すべて国有財産にされ、皇室の経費は予算に計上して国会の議決を経ることとなりました。

皇室の土地であったご領地は国有林に戻され、他の皇室財産も国の財産に転換されてしまいました。

つまり、経済力を奪われてしまいました。

敗戦時、昭和天皇が国民を救ってほしいと、マッカーサーのもとに持参された皇室の有価証券の類も、現憲法下では国有財産となるのです。

明治天皇が、生活苦で医療を受けることができずに困っている人たちを????によって救おうと思し召しなされ、桂太郎首相に貸金を賜れて恩賜財団済生会が創設されたわけですが、そして全国に済生会病院が建てられましたが、こういうような裁量もお出来にならなくなりました。

大変嘆かわしいことです。

ちなみに、皇居の暖房はですね、20度に設定されているそうです。

天皇陛下が仰ってました。

我々はつい、そういう地球・大地・自然への配慮をなくしがちですが、天皇皇后両陛下は常にそういうことをお気になされ、夏は冷房をご遠慮なさる時があるとお聞きしました。

周りの人たちはそれこそ、熱中症になるのではないかと心配されるというふうにもお聞きしました。

実際に病院でのことですが、検査で東大病院にお出ましになられたときに、医師団が気にして室温を高めに設定していたところ、陛下から「何度ですか?」とご??がありました。

担当医が24度ですとお答えしたところ、陛下が「うちでは20度にしています。」と仰いました。

私たちはハッとして慌てて室温設定を下げました。

天皇陛下は少しでも省エネをとお心遣いをされていらっしゃるのでした。

日露戦争の戦勝により、列強と肩を並べたと国民は慢心し、私生活では奢侈斜視に傾き、一方地方では地主と小作の関係が悪化し、労働??により疲弊も目立ちましたが、こうした状態を憂慮された明治天皇は、明治41年、国民への戒めとして“戊申詔書”を発布されました。

そして、国民の質素・勤勉・倹約を説かれました。

この戒めを今上陛下も実直に実践されていらっしゃることを痛感させられた一事でした。

@AJER2016.10.19


編集後記

今回は???の部分が多くて申し訳ないです。

どうか皆様、推測してお読みください。

皆さん、今日の記事を読まれてどんな感想をお持ちでしょうか。

天皇の国、日本に生まれて、誇らしいと思いませんでしたか?

平成天皇、昭和天皇はもちろんですが、明治天皇も本当に素晴らしい方です。

いつか、明治天皇がいかに凄い人だったのかをブログでお伝えできればと思っています。

そうそう、ウシワケル世界とかシラス国とかの意味はご存知でしたか?

わからないという方は、『神話とはあなたの物語』で説明されていますのでお読みください。