矢作直樹が語る 天皇陛下の強いお気持ちに接して①

2019年8月6日

矢作直樹が語るシリーズ、第3回目です。

それでは今日は、前回、陛下がエリザベス女王戴冠60周年記念会にご出席なされる、そのご希望のお強かったところから続けて話をさせていただきます。

2012年、平成24年2月、心臓カテーテル検査でのご入院に際して、天皇陛下を拝見し、その前年の秋に拝見した時と比べてずいぶんお疲れになっていらっしゃるようにお見受けしました。

そして、3月11日の東日本大震災一周忌追悼会と6月のエリザベス女王戴冠60周年記念会への強いご出席希望から、非常に厳しいスケジュールの中、入院一週間後に心臓の手術をお受けになられました。

大変なご心労ご苦労いかばかりかと拝察いたします。

国民のためにそれこそ言葉に尽くしがたいお働きをなされた挙句、ご病気を引き受けられていたことは、国民の一人として誠に申し訳なく思う次第です。

このことからも、陛下がお気になされるのは、国民のこと、相手、この場合はエリザベス女王ですね、のことであって、決してご自分のことではないことがよくわかると思います。

やはり国民に思いを寄せられるということと、公平に対応することに関するお心配りは、大変すさまじいものがあります。

それにしても、天皇陛下のご意思の強さには驚くばかりです。

東日本大震災の一周忌の時には、普通であれば78歳の男性が心臓手術を受けられ、退院一週間後であのような気の張る行事にお出ましになるということは大変なことだと思います。

しかも、宮内庁のホームページにも出ていますが、3月4日の退院後、3月30日までに胸の水を二回抜かれています。

このことは、あまり話題になっていませんが、実は大変なことです。

つまり、なぜならば、3月11日の一周忌、行事に出られたとき、普通であればご入院されている状況だったとも言えるわけです。

3月7日にも水を抜いていますから、あの行事へのご参加に関しては医師団としても非常に苦しいところであったと考えます。

そもそも心臓病の手術の後に水を抜くというのは、一言でいえば、心臓、身体の調子が元に戻っていない、というふうに考えられるからです。

まぁ、もはや神懸かりと言っていいような意思のお強さを感じますし、また私たちはそういった天皇陛下のご意思と大きな慈悲の中で暮らしているというふうにも、改めて思い感謝する日々であります。

天皇陛下の御活動について述べさせていただきます。

教育現場の実情ですが、天皇陛下は何をしていらっしゃるのでしょうか、というところで見てみましょう。

小学校6年生の社会科の教科書が手元にあります。

小学6年生の社会科教科書の「世界の中の日本」の中にある天皇陛下に関する記述は以下の通りです。

これは日本文教出版の本を参照させていただきます。

日本国憲法と天皇

明治時代に定められた大日本帝国憲法では、天皇に主権がありました。

日本国憲法では、主権は国民にあり、天皇は日本国、いや国民のまとまりの印であると定められています。

天皇は国の政治についての権限は一切持たず、憲法に定められている業務と仕事、国事行為といいます、を内閣の助言と承認に基づいて行います。

憲法に定められた天皇の主な仕事

  • 国会の指名に基づいて内閣総理大臣を任命する
  • 内閣が指名した、最高裁判所の長官を任命する
  • 国会を召集する
  • 衆議院の解散
  • 内閣の助言と承認に基づき、法律や条約を交付する
  • 外国の代表者に会う
  • 勲章などを授与する

というようなことが、書かれています。

また、補足として、福祉施設を訪問される天皇と皇后、憲法で定められた以外の仕事も多くあります、とも書かれています。

さてここで大きな疑問があります。

教科書のどこにも、天皇陛下の最も大切なお仕事である、国の平和と国民の安寧を願って祈られることが明記されていません。

皇室の在り方について、紀宮清子内親王が仰っていることがあります。

長くなりますが、大切なことなので朗読させていただきます。

私の目から見て、両陛下がなさってきたことの多くは、その場では形にならない目立たぬ地味なものの積み重ねであったと思います。

時代の要請にこたえ、新たに始められたオウコク?仕事も多くありましたが、他方、宮中での諸行事や1年のうちに最小でも15、陛下はさらに旬祭が加わるため30を超える古式装束をつけた宮中三殿へのお祭りなど、皇室の中に受け継がれてきた伝統は全てそのままに受け継いでこられました。

以前、皇后さまは、今後皇室の在り方は変わっていくかとの質問に対し、

「時代の流れとともに、形の上では色々な変化があるでしょうが、私は本質的には変わらないと思います。歴代の天皇方が、まずご自身の心の清明ということを目指され、また自然の大きな力や祖先のご加護を賜れて国民の幸福を願っていらしたと思います。」

これは、まさに随神(かんながら)の道ですね。続けます。

「その伝統を踏まえる限り、どんな時代でも皇室の姿というものに変わりはないと思います」

と述べておられます。

縷縷(るる)と受け継がれてきた伝統を守ることと、人の日常に心をそわせることが少しの矛盾もなくこのご生活の中に入っている、そのような日々を重ねておられることが、象徴としての天皇陛下、そして皇后さまに人々がリアリティを感じている所以ではないかと思われます。

また、陛下が仰る、国民と共に、皇后さまが仰る、心を寄せ続ける、という言葉は、そうした積み重ねの中からお二人が見出された皇室の在り方であったと思われます。

と、述べていらっしゃいます。

やはり、これからを担う子供たちに、自分の国の天皇陛下がどれほど国民に寄り添って一生懸命に祈りを捧げられているかを知らせる。

また、天皇陛下がいかに海外の元首たちから尊敬され、影響力を持たれているかをきちんと教えないといけません。

さて、実際の子供たちの教科書はどうなっているでしょうか。

中学三年生の社会科の教科書「新しい社会歴史」東京書籍を見てみますと、驚くべきことに、天皇陛下に、戦後の天皇陛下に関する記述はたった二行。

昭和天皇もGHQの意向に従い、昭和21年に人間宣言を発表し、天皇が神であるという考えを否定しました。

以外に、この二行以外に全くありません。

同じく社会科の教科書に「新しい社会公民」東京書籍、をみてみますと、日本国憲法の基本原理の中で象徴としての天皇の記述として、日本国憲法では天皇は主権者ではなく日本国と日本国民統合の象徴となりました。

憲法第一条、天皇は政治についての決定権を持たず、憲法の定める国事行為のみを行います。

天皇の国事行為にはすべて内閣の助言と承認が必要です。

と、憲法上のことのみが書かれており、宮中祭祀をはじめとする憲法にないことは一切書かれていません。

このような紋切型で心が入っていない教科書では、本当に大切なことが何も伝わりません。

戦後教育で育った世代が60年安保で学生運動をした人たちも含めて、官僚、大学、マスコミなどの中心となるにつれて、GHQの見込み通り、国を軽んずる風潮が顕著になりました。

その中で、昭和52年7月、文部省は学校教育の基本である小中学校学習指導要領を全面改訂し、天皇についての理解と敬愛の念を深めるなどの軸を削除しました。

なお、この改定で、いわゆるゆとり教育の開始も決まりました。

さらに、教科書の憲法上の改修枠にこだわれば、日本国憲法では天皇は主権者ではなく・・・天皇は政治についての決定権を持たず、憲法の定める国事行為のみを行います。

天皇の国事行為にはすべて内閣の助言と承認が必要ですと言っていますが、裏を返すと、天皇が内閣の助言と承認を得た国事行為をなされなければ、内閣総理大臣や最高裁判所長官の任命もなされず、国会の召集や衆議院の解散もできず、条約の国府もなされないわけです。

つまり、天皇が国事行為をされなければ、国民は主権を実施できないのです。

日本国憲法では、マッカーサー三原則、いわゆるマッカーサーノートですね、を受けた三大原理の一つである、国民主権が第一条でうたわれています。

ちなみに、他の二つは、平和主義と基本的人権です。

国民主権という言葉の実質的意味について考えると、わが国では権力的主権と権威的主権の二つの側面があると思います。

これは憲法のなかった明治維新前も同じで、初めて成文憲法ができた明治以降も、実質的にはやはり同様です。

わが国では、権力的主権と権威的主権は分かれていました。

双方が補完しあって一つの機能をしてまいりました。

つまり、我が国においては、この二つ側面を持つ主権は、王と民といったような西洋の対立構造とは違ってあくまでも一如でした。

ここが、非常に大切な点であります。

@AJER2016.10.19


編集後記

天皇は現人神。

天照大御神のころから、神は民の幸せをひたすら祈るのが仕事です。

私は、神の国・日本に生まれたことに感謝し、朝晩のお祈りの際、天皇に感謝の言葉を捧げています。

戦後、GHQによって変えられ、日本は日本の良さを失いつつあります。

一人でも多くの人に、そのことに気付いてほしいと思います。