古事記に学ぶ25の経営学 第一部①後半

2019年9月11日

ねずさん(小名木善行氏)の“取り戻す日のカタチ”シリーズ内の特別番組です。★★★

全12本の動画で、今日の記事は第2回目です。

第一部①前半からの続き】

三つあって、一つは、唐の国にに習った都作り。

始め、藤原京ってのができるんですね。

で、藤原京の後に平城京、奈良の都ができあがります。

藤原京もですね、小さな、まぁ、しょせんその皇居があって周りにチョコチョコっと屋敷があるけれども小さなもんだったんだろうというふうに思われていたんですけれども。

ところが最近の発掘調査によってですね、天の香具山ですとか、大和三山ってありますよね、あの大和三山の先までぜ~んぶまとまって大きな都となっていたことがわかりました。

物凄く広大な都を築いています。

で、都づくり。

それから、律令の編纂。

大宝律令とか言うじゃないですか。

律というのは刑法、令というのは民法ですね。

この刑法と民法の編纂をしようと。

この時に、唐の国の制度をとにかく取り入れて、唐の国に習って、法制度を取り入れようとしたんですけれども。

この時の日本ていうのは、唐の国の刑法をまるごと導入するってことをしませんでした。

そういうことがあるんだということを踏まえて、わが国の国情に合った形に法律の内容を変えています。

例えば、刑法の中に詐欺罪があります。

詐欺罪と言えば、現代人の我々の感覚からすると

「人ヲ欺罔(ぎもう)シテ財物ヲ騙取(へんしゅ)シタル者」

人を騙して財産を奪い取ったら罪に問うよ、ということなんですけれども。

あの、人を貶めるようなことを言った、というだけで罪に問うよ。

人を騙す、騙すことによって財産を取って初めて罪になるんではなくて、騙そうとしたそういう意図を持っていたというだけで、罪に問うよっていうそういう内容で日本の法律を変えています。

それによって現在に至るまで、我々日本人っていうのは、騙す方と騙される方と言った場合、騙す方が悪いと考える、世界でも稀有な民族になっています。

世界中の多くの国は、覚まされたほうが悪い。

隙があるから騙されるんであって、騙されるほうが悪い。

財産を勝手に奪い取られた、騙しとられた、騙しとられたほうが悪い。

騙したもん勝ち。

だから、あの、アリババと盗賊のお話、アラジンのお話なんかありますよね。

アラジンなんて、あれ、当然ですよね。

でも、財産を奪い取ったものが勝ちなんです。

そういう考え方をする。

日本ではそうではなくて、騙そうとすること自体、いけないことなんだというそういう文化を築いていったという。

これは、おそらく日本にはもともとそういう文化があったんでしょうけれども、法制度として、これ取り入れてるんです。

取り入れたというよりも、日本で独自に作ってるんです。

で、律令という言葉とか、律令の構造みたいなものは、中国の唐の国のものをそのまま採用しました。

でもそれを、わが国の国情にあったものに変えてるんですね。

これが1(ホワイトボードの律に、1と記入)

これが2(ホワイトボートの令に、2と記入)

そして三つめが史書の編纂です。(ホワイトボードに、3.史書と記入)

で、この史書の編纂というのは天武天皇の詔によって始まりまして、そしてなんと30年の長い歳月をかけて我が国の歴史書というものを編纂するということが行われました。

30年経って、最終的に出来上がったものが古事記です。

少し遅れて日本書紀が出来上がっています。

先に古事記ができた。

古事記には序文が書いてあります。

なぜ、古事記を編纂したのか、という理由がちゃんと書いてあります。

まぁ、先生方の中にはですね、古事記そのものは日本書紀よりもはるかに後にできた。

その~太安万侶の息子さんがですね、自分の就職活動のために我が家はこんな立派な家だったんです~と言いたいがために、捏造したもんであろうと言ったようなことを唱えてらっしゃる先生もおいでになります。

事実はわかりません。

事実はわかりませんが、ただ、一つはっきり言えることは、古事記の序文でですね、

古事記はそもそも天武天皇の詔によって編纂が開始され、そして元明天皇の命によって天皇に献上しましたというふうに書いてあります。

序文にそう書いてある。

ということは、もしこれが偽物であるとすれば、天皇の名前を勝手に使ったということになりますよね。

これ、明らかな大罪ですよね。

就職活動のために、僕どろぼうしました、強盗しましたっていう、、、就職活動にならないわけで。

はたして、ほんとにその、いわゆる偽物、という説が正しいのかどうかということは何とも言えないのじゃないかなと僕は思っています。

で、この史書をなぜ編纂しようとしたのか。

我々の国っていうものを築いていくにあたって、日本という国の国柄を歴史の中で明らかにしようとする、ということをしていった。

そしてそれを、ただ歴史を記述するんではなくて、目的をもって歴史を記述しようとした。

その目的とは何かというと、日本という国、国家というものの組織、国体とも言いますけれども、そういう組織をきちんと築き上げようという、そういうことを目標としていたということになるわけであります。

ですから、古事記は学べば学ぶほど、会社で役職に付いていたり、あるいは会社を経営してらっしゃる方であれば

「あ~なるほど、まさにこれそうだよね。」って言えるようなところがたくさんあるのかと思います。

これは個人事業でも全く同じであります。

で、まだ前置きなんですけれども、その前置きのところもうちょっと続けますと、

古事記は、上つ巻(うわつまき)・中つ巻(なかつまき)・下つ巻(しもつまき)と、原書は3巻に分かれています。

最初の第一巻の上つ巻というのは、いわゆる我々の言葉の神話に当たる部分になります。

ただ、あの、神話という用語についてちょっと触れておかなければならないんですけれども。

実は神話という用語は、幕末の翻訳家さんが英語のミスという単語を訳して、新たに作った造語です。

ミスって・・・(ホワイトボードに“myth”と記入)

M(エム)、Y(ワイ)、T(ティー)、H(エイチ)

ミスになりますけれども、これはあの~造語です。

それまでは何と言ったかと言いますと、こちらにあります神語(かむがたり)です。

“かむがたり”という名前が使われていました。

では、幕末の翻訳家さんたちが、なぜカムガタリという神話を意味する言葉がありながら、あえてシンワという言葉を作ったのか。

あの、この幕末のころの造語っているのは凄くたくさんあって、人民とか民主とか主義とか、こういうふうなものはことごとく、いわゆる西洋から輸入された社会用語は、ほぼすべて幕末の造語になります。

その中の一つがこの神話だったんですけども。

なぜ、幕末の翻訳家の人たちは、あえて神話という言葉を作ったのか。

というますと、これもまた、明確な理由があります。

もともとmyth(ミス)という英語の単語なんですけれども、このミスっていう言葉には、根拠のない作り話という意味があります。

ですから、おそらく現代人の我々はですね、神話と聞くとやっぱり根拠のない作り話と思っている人が多いですよね。

あの~、アンデルセン童話、グリム童話、と日本神話っていうのは、同じ延長線上の童話に過ぎない、ぐらいの感覚でしか思っていない人が多いと思います。

そもそもイギリスというのは、英語を話す国ではありますけれども、もともとケルトの人たちが住んでたところでもあるわけですね。

で、そこにフランスからやってきたノルマンディー公が上陸して、外来王朝を築きます。

この上陸したノルマンディー公というのがキリスト教の信者でした。

ですから、イギリスはキリスト教が布教されていくわけですけれども、もともとケルトっていうのは多神教なんですね。

だから、映画の指輪物語とかあ~いうのを見ると、妖精たちがいっぱい出てくるじゃないですか。

あの妖精たちがそれぞれ、いわゆる神通力のようなものを持ってですね、空を飛んだり舞ったりする、いろんなことができるっていうのは、まさに八百万の神々そのものなんです。

で、魔女っていうますと、黒い着物をきた鼻の長いおばあちゃんで、ツバ広の先っぽの尖がった帽子を被ってる。

で、何やら家の中でグツグツと変な得体のしれないものを煮ている、恐ろしい人というイメージがあると思うんですけども。

あの魔女というのは実は、ケルトの多神教の人々にとってのお医者さんでした。

今、現代日本では、お医者さんと言えば、ま、現代日本と言いますか、日本では古くからお医者さん・医師と言えば、男性の仕事とされているんですけれども、ケルトに人たちにとっては女性がお医者さんの役割をした。

ま、女性でなければお医者さんが出来ない仕事もたくさんありますよね。

たとえば、いわゆるお産婆さんのような仕事、婦人病に関連するようなもの。

そういったようなものってのは、男性の医師だと女性はちょっとウ~ンと思うところもあったりするんじゃないかと思います。

だったらもう最初から医療は女性にやってもらえばいいじゃないかと、男は外で働くもの、戦うもの、女性がケガした男性を癒し治すもの、っていうことで役割分担が行われました。

これ、ある意味、非常に合理的な思想だったんじゃないかと思うんですけれど。

で、その女性のお医者さんたちは、全員制服みたいなもんで黒い衣装をきて、ツバ広の先っぽの尖がった帽子を被って、、、

遠目に見ても一目で「アッ、お医者さんだ」というふうにわかるような服装をしていた。

これが一神教のキリスト教の人たちから見ると、魔女に見えたと。

家の中でグツグツ煮てたっていうのは、あれは、お薬を煮ていたということなんですね。

で、そのケルトの人々が持っていた古くからの言い伝え、信仰、といったようなもの、、、

この山にはな、こういう妖精が住んでいるんだよ

ここには、ストーンヘンジという石組みがあるけれども

こには、昔々その昔、こういう妖精が住んでいて

なんていうような言い伝えがもともとあったわけですね。

それらを、ことごとくmyth(ミス)、つまり根拠のないい作り話というようにしてしまった。

そういう意味で、ギリシャ神話なんかも含めてですね、ミスっていう言葉っていうは、根拠のない作り話というふうなイメージ、印象でずーっと置かれていたと。

で、幕末の翻訳家の人たちからしてみると、日本神話というものを、そいういう根拠のない作り話と一緒にされたくない、一緒にされるのはもってのほかだ、冗談じゃないようという気分だった。

だから意図して、カムガタリという言葉がありながら、神話という言葉を作っています。

編集後記

古事記を読んだことがあるのですが、私が読んだのは神様の話だったので上巻だったのかもしれません。

ホントに、八百万の神々がでてきて???の世界でした。

子供の頃に読んだり聞いたりした話を、大人になってもう一度読むと、記憶違いが多々あることに気付きます。

古事記は日本人のバイブルだと思うので、改めて読んでみるのといいものです。

ところで、なかなか本題に入りませんね~(笑)